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HARLEY-DAVIDSON というバイク スポーツスター編

HARLEY-DAVIDSON SPORTSTER XLH883を手に入れたのは2000年だった。当時はミレニアムモデルと言う事で、2000年イベントの一環として HARLEY-DAVIDSON本社(ミルウォーキー州)に2000モデル購入者対象に車体番号と名前が入ったプレートをタイムカプセルに入れて永久保存すると言う特典があった。ミレニアムモデルを購入した自分は、そのタイムカプセルのミニュチュワ版と車体番号と名前が入った半プレートを頂いた。今考えると凄い特典だった気がする。そのタイムカプセルは今でも大切に保存している。そのタイムカプセルが開封された時、世界がどうなっているのであろうか。 HARLEY-DAVIDSON SPORTSTER XLH883のご紹介 まず自分が一番気に入った所はシンプルさだった。 本当にシンプル、タコメターもないしリアシートもなかった。 今まで国産に乗っていた自分にとってタコメーターは当たり前だったが、無ければないで直ぐに慣れた。 ただあと付けでも付けられるので、付けようとしたが付ける意味がなかった。それはスポーツとは言えハーレーは国産並みに飛ばすバイクでなない。よって乗っているうちに必要性がない事にに気づいた。 カスタムその① 当時はハーレーと言うバイクが騒がれ始めた時だった。当然自分も興味があったので、本屋でバイク雑誌などでハーレーの事を調べていた。それがクラブハーレーだった。今でも持っているがクラブハーレー創刊号である。実はクラブハーレー創刊号は2巻あるのだ。初めに創刊されたのはライダーズクラブからそしてそこから分離され今のエイ出版社に変わり創刊されたのだった。 カスタムはこの本をベースに乗りやすさの観点からカスタムしていった。 ますカスタムしたのがシート。当時のスポーツスターのシートは、シングルシートであったが、分厚く見た目が格好のいいものではなかった。当時クラブハーレーで紹介されていたもので、サンダンスのシートとホットドックのシートが目に留まった。どちらも似た形状ではあったがサンダンスの方が購入に時間がかかる事(人気で)値段が少々高かった事からホッドドックのシートを購入。早速付けると見た目はバッチだったが、少々座面が小さい為、座り心地は良くなかったが時期に慣れた。これがカスタムの第一歩だった。
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カスタムその② サンダンスのボマーマフラーを購入。これは歯切れの良い重低音で大変気に入っていた。ただマフラーを変えるとキャブレターとのマッチングが良くないのか、マフラーからたまにバックファイをお越しパンパンと大きな音が出ていた。 カスタムその③ マフラーとのマッチングを考えキャブにダイノジェットを入れて調整。その後音はなくなった。そしてエアークリナーもハイフロータイプのスクリーミンイーグル社製に交換した。 カスタムその④ ウインカー、元々付いてウインカーは当時ミカンと呼ばれていた。なるほどミカンくらいの大きさでオレンジ色。見た目にウインカーが目立ってしまうので、四角い形状の小さなものに変更した。また位置もフロント側はフロントフォーク近くに位置を変更した。 カスタムその⑤ ブリジストンバトラックスタイヤを装着。当時の純正はダンロップ、このタイヤは超寿命でそこそこ走っていたが山道のコーナリング性能が弱かった為、国産タイヤに変更した。これで格段にコナーリングで性能は向上したが、直進安定性が犠牲となった。 カスタムその⑥ ジョッキのニーグリップバー。これは三鷹にあったアライモータースと言うバイク屋さんが考えたニーグリップ用のバーである。スポーツスターはアメリカンである。そしてタンクはピーナッツまではいかなものの小振りでニーグリップが出来ない。そこでこのアライさんが考えたのがジョッキーのニーグリップバーである。これは皮巻きでよくスポーツスターのエンジンにマッチしていた。今では幻となってしまった貴重なバーになった。
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HARLEY-DAVIDSON と言うバイク

今年でHARLEY-DAVIDSONに乗って15周年目である。 これまでにバイクは5台乗り継いだ。中でも今乗っているHARLEY-DAVIDSONはHeritage Softail Classic2005年モデル。
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その前HARLEY-DAVIDSON SPORTSTER XLH883通称パパサンだ。 この2台を乗り継いで来た。まだ当時のハーレーは今見たに信頼性は高くなく、オイル漏れは普通そしてキャブレターが吹っ飛んだりとアメリカ製バイクの粗雑さがまだあった。エンジンブロックは普通にズレがありキャブレターがあたり前の時代でチョークを引いてエンジンをかけていた時代である。そうは言っても1999年そう遠くない昔。まだハーレーと言うバイクがようやく日本人にも受け入れられようとした時期だ。 その頃ハーレーに乗っていると言うと、昔の人は皆バイクを眺め込む。それだけ戦前、戦後を通してハーレーと言うバイクは憧れだったのだろう。でも自分の中のハーレーの印象は、長いブーツに制服を着たおっさんバイクの印象でしかなかった。だからハーレーに乗るまでは、外国製の憧れ、つまり昔で言う外車と言う差別化のものでしかなかった。 では何故HARLEY-DAVIDSON SPORTSTER XLH883を購入しようと思ったのか、ズバリ購入予定だったKawasaki W650との価格差があまり無く、下取りも高く取ってもらえる点だった。その足でHARLEY-DAVIDSON調布に行き、何回か足を運んで購入したのがキッカケだった。しかし納車までに半年かかり実際手に入れたのは翌年の1月だった。 つづく
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